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月山周辺・村山葉山927峰BC しんどい登り後パウダー [テレマークがうまくなりたい!]

 湯殿山へ行った翌日は、天気が今ひとつの予報。月山の影に隠れがちですが、なかなか立派な山容の村山葉山(むらやまはやま)の北面にある927峰へ行くことにしました。村山市山ノ内の大鳥居に向かい、集落からすぐの駐車地に車を停めました。他に車はありません。

村山葉山の927m峰へ

 最初は日が射していましたが、やっぱり悪くなってきました。

雪が降ってきた

 林道の終点から山の中に入りだし鉄塔に出て548m峰にまできましたが、ここからの「雪の観音郷」と地図に記載されているところはえらく急で、ここは登れないと判断し北東側の尾根まで大トラバースします。

村山葉山 927m峰へ2

 ようやく尾根上に出ました。林道を終点まで行くのではなく、途中から入るのですね。もう少し良く調べて行けば良かった。なんせ前日の晩に決まったものですから。
 割と急でジグザグを切りながら高度を上げますが、ブッシュもあってなかなか難しかったです。
 それと気になるのが、登っていると雪の割れ目ができることです。薄く積もった雪が割れるのです。滑走の時に大丈夫かな。ちょっと心配でした。

村山葉山 927m峰へ3 尾根に出た

 927m峰に着いた頃にはもう汗びっしょり。早々に滑りだします。最初は尾根上を行きますが。ブッシュがうるさくて一度右側の谷に下りますと、いい感じのパウダーで「もう行くしかない」となりました。まあ2人ともあんまり飛ばさないし、2人は離れずに行くことにします。いざという時に頼りになるのはパートナーですから。

 なんとか三枚平(さんまいびら)に出てきたものの沢を渡るのに苦労しました。三枚平に着くと白く広い平らな場所がありました。かつての集落跡で今は離村した跡だそうです。
 平坦であまり滑らなくなりますが、私はウロコ板なのでガシガシ歩いて15時に駐車地に着きました。

村山葉山 927m峰 滑り終えて

 その後はさくらんぼの佐藤錦で有名な東根まで移動し、温泉のこまつの湯に入って、蕎麦屋で二日連続となる「肉そば」を食べて帰りました。肉そばうまいです。

 登りはルートミスで苦労しましたが、滑りはまずまずでした。月山周辺で湯殿山や村山葉山(の麓)で遊べたのはとても楽しかったです。
 月山はまだ登ったことがなく、これまでは絶対スキーで登りたいと思っていましたが、これだけ周辺で楽しめたので、月山は夏山の花のシーズンでもいいかもしれないと思い出しました。

■村山葉山927m峰(2024/2/11)
大鳥居(8:30/12:20)927m峰(12:50/14:50)大鳥居

↓ルートが載っていました。

山スキー百山2

山スキー百山2

  • 作者: スキーアルピニズム研究会
  • 出版社/メーカー: 山と溪谷社
  • 発売日: 2022/12/17
  • メディア: Kindle版



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出羽三山・湯殿山BC「さすが月山」 [テレマークがうまくなりたい!]

 大学時代の友人と三連休のバック・カントリーの計画を相談します。金曜日の仕事終わりで新幹線に乗って仙台で合流。山形県寒河江(さがえ)市のロードサイドホテルに宿泊します。ビールを飲んだら,
久しぶりだったので話は尽きず、いい感じで酔っ払って寝てしまいました。

湯殿山 モルゲンロート

 翌日は5時半出発で月山スキーの登山口の志津まで行って7時に出発します。モルゲンロートが湯殿山を赤く染めている。湯殿山は出羽三山の一つ。この日の良い天気は12時頃までのはずなので、早めに終えなくちゃ。

 それにしても雪が少ない。去年は交通標識に手が届いたのに…。それでも他のエリアに比べれば雪の量は「さすが月山」ということになる。

交通標識は高く

ブナ

 自然博物園を過ぎて石跳川から左の尾根に上がる。快適な尾根でシールをきかせて高度を上げて行く。若者らのパーティーはさすがに早い。と思ったら、地元のおじさんにも追い抜かれました。ははは。

湯殿山への登り1

 いつのまにか広大なバーンを登るようになりました。

湯殿山への登り2

 湯殿山東面の急斜面にシュープールがいくつもあります。やっぱりあそこを滑るのか。行けるかな〜。

シュプールがたくさんある

 南には朝日連峰、飯豊連峰、吾妻連峰が連なっています。素晴らしいパノラマです。(下の写真)

湯殿山より朝日、飯豊、吾妻方面

 頂上に登ると北には鳥海山が(下の写真)。東北の山々が一望です。

鳥海山と庄内平野

 もちろん月山も。姥ヶ岳方面です(下の写真)。
 頂上で先ほど抜かされたおじさんと話をしていると地元は「大江」だとおっしゃいます。鎌倉時代、幕府の要職を務めた大江広元がこの地域を治めていた由縁の地名です。地元の人にとってはとても誇りに思っている地名なんでしょう。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では栗原英雄さんが演じていました。後半で目が悪くなった人です。

月山

 スキーでありがちですが、滑走している写真はありません。滑るのに必死なので…。
 何回か転倒しましたが、笑える内容でした。怪我がないように。

湯殿山東面を振り返る

 石跳川は所々で雪が割れているので、注意して進みます。途中大休憩をとりました。思ったよりお天気がもちました。ゆっくりコーヒータイムです。ですが段々と雲が空を覆うようになってきました。除雪終点までスキーを滑って終了です。

石跳川は雪が割れている

 満喫しました。「さすが月山」です。

休憩中

■湯殿山 2024/2/10
林道終点(7:00/10:00)湯殿山(10:25/12:15)林道終点


山スキールート212

山スキールート212

  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本



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上越・白毛門(しらがもん) 駅から登れる雪山 [東京での登山と日常]

 せっかくの冬のシーズンだから雪山に行きたい。なかなか電車バスで行くことができるところは少ないのですが、ネット記事を参考にしていて見つけました。上越国境近くの白毛門(しらがもん)なら楽しめそうです。

 上越線の土合駅は一度は行ってみたかったところです。谷川岳岩壁開拓時代には先を争ってこの階段を駆け上っていたとか。今日は私を含めて8人だけでした。階段数は462段とのことです。ちなみにトンネル駅は下りホームだけです。

土合駅の階段462段

 駅で身支度を整えて9時に出発!
 登山口からはいきなりの急登でした。これが延々続きます。尾根状に上がると小さい雪庇が出ていました。

尾根上に上がる。小さい雪庇が出ていた

 今回の出発時間ですと基本的にトレースはついていて、黙々とのぼるのみです。松ノ木沢ノ頭に11時10分ごろ着きました。

松ノ木沢ノ頭の手前

 白毛門は谷川岳の眺めが良いので有名で、今回も楽しみにしていたのですが、この日は全くダメですね。視界が効きません。
 ようやく頂上手前の雪の斜面が見えてきました。

頂上手前の雪の斜面が見えてきた

 ここでストックからピッケルに持ち替えます。雪壁というほどではないのですが、ピッケルだとなぜか安心感がありますね。下りはちょっと急に思う人もいるのではないでしょうか。

登っている人(下っているひと?)が見える

 そしてワンポイントの鎖場。雪が多い時は埋もれているとのことですが。落ち着いて通れば大丈夫です。

ワンポイントの鎖場

 人がいるところが頂上です。頂上の向こうにスキーの滑走準備をしている人がいました。まだブッシュが埋まりきれていないので、苦労しそうだとのことでした。それでも行くのだからすごいな。

頂上に人がいる。真っ白け

樹氷

 天気は回復しそうもないのでさっさと下山します。どんどん降りていたら14時8分の上毛高原行きのバスに乗れました。駅でお土産にこんにゃくを買って15時25分の新幹線に乗れました。

下山の風景

■白毛門 2024/2/3
土合(9:00/12:00)白毛門(12:05/13:55)土合

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太宰治の「津軽」を訪ねる1泊二日 [東京での登山と日常]

 太宰治の「津軽」を訪ねてみたいと思いました。正直に言いますが、太宰治は「走れメロス」しか読んだことがなく(それも教科書で)、なんとなく旅のテーマが欲しくて「津軽」を手に取ったところ、夢中になって読んでしまったのです。軽妙で自分に正直な語り口が、自分が思い描いていた太宰のイメージと全然違って、読んでいて「ぷっ」と吹き出すほどでした。家族や友人、恩人を訪ね歩くことが太宰にとっての「津軽」そして「自分を」知る旅だったのです。

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 新青森から奥羽本線で川部まで。山頂は隠れていますが岩木山が雄大なすそ野を描いています。五能線に乗り換えて五所川原で津軽鉄道に乗り換えます。

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 「大人の休日倶楽部パス」期間中とあって、切符を買うにも行列です。皆さんの目的は「ストーブ列車」。レトロな客車には1両につき2台のストーブがあって、車掌さんがするめ(¥800)を焼いてくれるのです。

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 ビールやお酒もじゃんじゃん売れています。まだ午前中とあって私は遠慮していましたら、かわいそうに見えたのかボックスで同席していた女性が焼いたするめをくれました。やさしいなあ。
 金木(かなぎ)駅で下車すると雪が降ってきました。

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 駅前から閑散としたまっすぐに伸びる道路を歩いていくと、5分ほどで太宰が津軽に疎開した際に使用していた「新座敷」がありました。室内にはあちらこちらに太宰の文章が置かれていて、目の前にある空間と文をいったりきたりしていると、どんどん太宰本人への興味が増してきます。

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 太宰は除籍されるなど実家との関係は良くなかったようです。それでも疎開を受け入れてもらい、この新座敷では執筆に専念できた良い時代だったようです。書斎で片膝をたてながら執筆している様子を想像してしまいます。

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 お昼は近くのすし屋「奴寿し」で。2,500円の寿し定食は豪華でした。お値打ちあるんじゃないかな。ここでも自制するつもりでしたが、お料理を見てすぐにタガが緩み、ビールに日本酒まで飲んでしまった。

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 続いて太宰の実家「津島家」の大邸宅跡である「斜陽館」へ。太宰の生家はこの地方随一のお金持ちで、成績優秀だった太宰は将来を嘱望されながらも、どんどん逆の方向に人生を歩んでいきます。惚れっぽいのか、惚れられやすいのかいつも女性と関係が深まり、詰まるところ自殺行為へと走ってしまいます。
 津軽への旅行を決めてから「人間失格」も読んだのですが、主人公と太宰本人とかぶらずにはいられません。とても正直な人だったのではないかなと思いました。多かれ少なかれ大人になると自然と身についてしまう「処世」みたいなことができずにいたのではないでしょうか。そうならば世の中は矛盾だらけで耐えられないものとなったでしょう。

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 芦野公園まで歩いて16時14分の津軽鉄道に乗って終点の津軽中里に着きました。この日の宿は駅から5分ほど歩いたところにある「福助旅館」さんです。

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 共同トイレ、共同風呂は新しくてきれいで、食事はおなか一杯、お酒は持ち込み制です。一泊2食で税込み8,140円でした。おかみさんがとても陽気な方で楽しかったです。

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 翌日は津軽中里駅を8時に出る弘南バスに乗って津軽半島日本海側最北の集落小泊(こどまり)を目指します。しじみで有名な十三湖には風力発電機が林立しています。バスはやがて小泊の集落に入り、「小学校前」で下車。片道1,200円支払おうとしたら、SUICA一日フリーパス1,000円で往復できると運転士さんが教えてくれました。ラッキーです。バス停からすぐで「小説「津軽」の像 記念館」です。

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 「津軽」で太宰は幼少期に子守をしてくれた「たけ」に会いに小泊を訪れます。ここでの出会いを小説のクライマックスとする方も多いシーンです。とかく他者にも自分にもとがっている印象がありますが、ここでの太宰は母親のそばを離れない子供のように安心しているのです。美しいです。
 小説では出会ったところで終わっていますが、太宰はたけ宅に一晩泊まったそうです。話をしたかどうかはともかく太宰にとって特別な人であったことに変わりありません。

 記念館には生前のたけや、金物屋で偶然太宰と出会った娘のインタビューも聞くことができ興味深いです。別のところで「取材に訪れる方も多く、たけさんも少々お疲れ気味だった」と聞きました。それにしても太宰との出会いでこの人の人生は大きく変わったでしょうね。

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 たけ宅など小泊漁港まで街を散策して派立というバス停から津軽中里まで戻りました。待ち構えてくれたのが「愛乗(あいのり)タクシー」です。

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 路線バス減少の策として導入された事前予約性の交通手段で今回奥津軽いまべつ駅まで送ってもらうことにしたのです。通常なら12,000円くらいのところを2,400円で運んでくれたので超ありがたいです。

 そして奥津軽いまべつ駅からはJRが社会実験している「わんタク」で龍飛崎を目指します。「わんタク」はこれも事前予約制で一回の乗車がなんと500円(大人の休日倶楽部パス所持者は300円!)です。今回の旅で一番驚きました。
 JR津軽線は蟹田(かにた)〜三厩(みんまや)間が大雨による土砂崩れで不通となり、復旧方法についてJRと自治体の間で話し合いが続いていますが、採算のことを考えると復旧は難しそうです。「わんタク」は将来に向けたデータ集めの側面があるのかなと思います。

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 この日の龍飛崎は風もおだやかで北海道まで見渡すことができました。左から右に松前や函館方面、下北半島。
 真っ白い山はなんだろう?
 こんな近くに北海道が見えることに単純に感動しました。同時に隔てる津軽海峡の大きさも。

 運転手さん曰く「こんな日はないですよ。来てもガスでなんにも見えないことも多いから大抵の人は10分もせずに帰ってくる(笑)」と言ってくれました。ラッキーだったなあ。

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 龍飛崎には爆音で歌が流れる「津軽海峡冬景色歌碑」もあって、石川さゆりの歌声が絶えず風の中で流れていました。有名な「階段国道」は冬季通行禁止でした。太宰は龍飛崎への旅でこう書きました。

この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えているのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向って歩いているとき、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこにおいて諸君の路は全く尽きるのである。


 またもや事前予約していた「わんタク」に乗り(運転手さんは同じだった)JR蟹田駅へ送ってもらいました。太宰が訪れた際、名物の蟹をたくさん食べたとありますが、今はあんまりとれないそうです。「東日本大震災の時以来、なぜか獲れなくなった」とのこと。こんなところまで海の底を変えてしまったのでしょうか?本当かどうかはわかりません。
 16時25分の津軽線に乗って帰路に着きました。

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 ついこないだまで「走れメロス」しか知らなかったのに、にわか太宰ファンになった私。旅の終わりではもう太宰のことならなんでも知りたい気分でした。勝手な盛り上がりぶりに我ながらあきれてしまいます。

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 「津軽」は今年で刊行からちょうど80年にあたるそうです。地元でイベントをする機運もあるそうです。偶然でしたがそんな年の初めに訪れることができました。「津軽」との出会いも何かの縁ですね。「故郷」「斜陽」くらいまでは読みたいなと思います。行ってよかったです。


津軽 (新潮文庫)

津軽 (新潮文庫)

  • 作者: 治, 太宰
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/01/29
  • メディア: 文庫



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越後湯沢・東谷山BC 雪が足りません… [テレマークがうまくなりたい!]

 大学時代の山仲間と越後湯沢の東谷山へ。夏道もないマイナーな山ですが、パウダーが期待できるかもということで期待に胸ふくらませましたが、久しぶりのズタボロ山行となりました。

国道からトンネル抜けて橋を渡ると切り開きに出た

 国道沿いの駐車地から歩いてトンネルを抜け橋を渡ると切り開きに出ました。まずは尾根上に上がらねばなりません。先行者がいてトレースを辿ります。前日までの雪でラッセルはひざ下くらいあるので、しんどかったはずです。感謝。

林道から尾根に上がる。1150m付近

 スキー板のサイズ(幅)が影響するのか、中央がやや細めの私の板はトレースの跡をたどっても少しずつ沈むし、摩擦力も弱いのか人より遅れ気味になりました。この時点で「しんど〜」です。

ようやく陽射しが当たるように。1420m付近

 陽射しが届いてブナの林が樹氷でキラキラしています。きれいだな〜。
 さて東谷山はもうすぐそこですが、藪も濃いし左手に沢筋に滑り込むことにします。一見すると「わ〜、いい斜面!」とワクワクしたのですが、滑って見ると膝くらいのラッセル滑走となって進みません。雪も上の方はさらさらしているように思えたのですが、滑ってみると重たいのです。

頂上はカットして左手の沢筋に滑り込むが、下山ラッセルとなり苦戦

 雪が重たいので前につんのめる、テレマークだから前のめりになると途端に転倒してしまう、スキー板が雪面に深く刺さり立ち直りに時間がかかる。とまあそんな感じです。さらにブッシュがまだ十分埋まっていないので、自由にラインどりもできません。
 うまい人はこんな雪でも直線的なラインを颯爽と滑走するのでしょうが、ちょっと私には無理でした。

なんとか下山してきた

 林道に合流できたときは、やったーって感じでした。そこからはスイーっと滑って国道に出て無事下山できました。自分の実力のなさを再認識した次第ですが、やっぱり今冬は雪が少ないようですね。どこに行くか迷ってしまいます。友人とはまた2月の連休にどっか行こうと話しましたがね。

 ところで、一度友人がブッシュの下にスキー板を潜り込ませてしまって前に転倒し、抜け出れなくなって2人がかりでなんとか救出する事態になりました。しきりに痛みを訴えていたので「足を骨折していたらヘリを呼ばなあかんかも」と最悪の事態が頭によぎりました。幸い大したことがなかったのですが、やっぱりこういう時パーティーで行動するのは心強いなと思いました。長野など方々でBCの遭難が起きたようです。「低山だから」とか「俺は大丈夫だろう」などと、なんの根拠もない油断をしてはいけないと改めて思いました。気をつけてまいりましょう。

■越後湯沢・東谷山 2024/1/14
国道の駐車地(7:20/10:50)東谷山手前(11:20/14:20)駐車地
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2024 年初めは災害と事故、そして歯痛 [東京での登山と日常]

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 元旦は地震で驚かされました。地上波テレビが夜には通常プログラムを放送していましたから「どうも全体像がつかめていないなあ」と思っていたら、日に日に安否不明者が増えてきました。交通事情が悪い半島とはいえ、政府の対応が後手後手に回り、マスコミの報道もなんか少ないなと思うのは私だけでしょうか?そして世間的にもなんというか関心が薄いのではないかと思います。

 羽田の事故もテレビの映像を速報で見たときは目を疑いました。羽田空港であんなことが起こるなんて。事故原因は現段階では人的なミスによるものと思われますが、私たちの安全ってなんと脆いものの上に立っているものなんでしょう。

 さて私はというと年末年始は大阪で家族と過ごしていたのですが、去年結婚した長男の妻(こういう時の言い方で正しいのって何ですか?)も来たのでいつもより賑やかになりました。「まぼろし」「浜娘」「雪の茅舎」「春鹿」お酒をたくさんいただきました。

 三が日が終わると東京へ戻り、この三連休は山登りに行こうと気合を入れていたのですが、5日金曜から治療した奥歯が痛くなり始め、昼飯からはろくに噛めないようになってしまいました。土曜日に開院している歯医者に飛び込んだところ、治療したところが炎症を起こしているのだろうと薬をもらって翌日にはだいぶ食欲も出て来ました。
 連休最終日の本日は鶏胸肉をチャーシュー風に煮て、さらにハナマサという肉屋で牛肉を買って来て、ビーフシチューをたっぷり作ってしまった。うまかったです。
 とりあえずいつもの歯医者に明日は行ってちゃんと治療してもらおう。

 年末年始は録画していた映画をたくさん見ました。印象に残ったのは「バグダッド・カフェ」何度見るのか?、「仕立て屋の恋」サスペンスとして素晴らしい、「好きだ、」宮崎あおいって若い時から演技がうまかったんだなあ、「ある愛の詩」ライアン・オニールが12月に死んでしまったのがショック、「ダウン・バイ・ロー」ジム・ジャームッシュだからって昔見た覚えあり。中だるみするが、トム・ウエイツやロベルト・ベニーニが出ていたとは知らなかった、「植村直己物語」奥様役が倍賞千恵子さんだったのが嬉しかった。

 本は「自閉症は津軽弁をしゃべらない」学術的な内容なんだろうけど、本自体は謎解きみたいで楽しかった、「四月になれば彼女は」近く映画化されるらしい。付き合い始めた頃のように愛し続けることは確かに難しいけど、それだけではないというのが実感。

 さて節目が近づいて来ているのを感じています。後悔しない生き方をしなければと自分に言い聞かせています、とか言って(笑)
 今年もよろしくお願いします。


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2023-24テレマーク初滑り [テレマークがうまくなりたい!]

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 北陸地方は大雪の一週間でした。最初は「雪がふる〜」と喜んでいましたが、あまりの長期化に「もうそろそろやんでくれ」という気持ちに。そして日曜日は天気が回復するということで、新幹線の越後湯沢駅から歩いていける湯沢高原スキー場へ行きました。
 元々こじんまりしたゲレンデの上、まだオープンしているコースは少なかったのですが、それはそれで割り切りテレマークの練習に励みました。

 下の写真は巻機山から朝日岳への稜線です。右には谷川岳、左には八海山も見えてとても渋い山々でした。

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 昼食をはさみ9時から13時半まで滑りっぱなしで、さすがに足がパンパンになってきましたので下山します。下山もロープウェイです。
 それから「駒子の湯」という共同温泉に行きました(¥500)。川端康成の「雪国」の舞台となったのが湯沢温泉だということで、浴場の休憩所では東映の雪国の撮影した時の様子などが飾られていました。いいお湯でした。
 越後湯沢駅は楽しいお店がたくさんあって時間つぶしに困りません。牛もつ煮が美味しかったし、日本酒をお猪口で飲み比べ(¥500)しました。いい気分です。

 テレマークは左にカーブする時のフォームの修正に励みました。緩斜面ではできるのですけどね。斜面がきつくなるとどうしても臆病になってしまいます。でもいい初滑りになりました。次は山かな。
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NHK-BS「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」で感じたこと [山の本、TVなどメディア関係]

 NHK-BS「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」を見ました。ジャルキャヒマール6473m。タイトルにもなっている野村良太さんは北海道の分水嶺を積雪期に単独縦走(サポートあり)して植村直己賞をとった人だ。今回は体調不良であまり活躍の場がなかった。
 パーティーには大学山岳部出身で奈良県川上村でガイドをしている竹中雅幸さんも参加していた。竹中さんはリーダー格の人からサミッターとして疑問を持たれる。テント内で言い合いになるところなんかは久しぶりに見るパーティー内の不穏な雰囲気だった。やっぱり混成チームだとこういうことになるんだなあ。リーダーが責任を負ってるので、弱く見える者を連れて行きたくない気持ちもよくわかる。パーティーの足を引っ張りかねないからだ。竹中さんにとってみれば、いつもと違うタイプの人たちとの登りで自分の良さや強さを発揮できず、認めてもらうには時間が短いのだと思う。短期決戦だからなあ。よく山岳部や山岳会が単独で海外遠征できたら最高だ、と言われるがそれは本当だろう。どうしても疑心暗鬼になってくるもんだ。会社も含めて組織だとそういうことってありがちだもの。
 NHKの番組ページを訪れてみるとパーティー内の不穏さを感じたディレクターが、未踏峰に登る意義についてリーダーと4時間も話し合ったと書いてありました。その4時間の議論が見たくなりました(笑)。
 山は結局登れず。野村さんは日記を書いているのがドキュメンタリーの主人公として魅力だけれど、この人の指向性はヒマラヤのピークというより水平方向のそれではないだろうか。

[新月]?NHK総合で短縮版が放送されます。
2023年の12月18日(月)22:45?23:28
再放送が2024年1月1日(月)18:05?18:48
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秩父・二子山 岩稜歩きに慣れてない… [東京での登山と日常]

 まだ登ったことのない秩父の二子山へ行きました。昔からロック・クライミングのエリアとして有名ですが、私にとってはすでにクライミングの対象でなくなっています[もうやだ~(悲しい顔)]
 西武の「秩父漫遊きっぷ」を購入して。西武秩父駅でバス2日間のり放題のクーポンを使います。2230円で池袋からの往復乗車券と西武のバスに乗れるお得なきっぷです。小鹿野役場でバスを乗り換えて終点の坂本へ。集落から見上げるとすっごい大岩壁です。

坂本から見上げると大岩壁

 二子山登山口からの道は落ち葉に覆われていることもあるが意外と分かりにくく、またザレているところもあって、本当にこのみちでいいのかなと戸惑うことも多かった。

わかりにくい道

 1時間少しで股峠に着いた。峠の手前から東峰の岩壁の基部あたりから声が聞こえていた。ロック・クライミングの人たちだろう。峠の向こう側からも人が登ってきた。向こう側には駐車場があるようで、人の往来もそっちからの方が多そうです。

股峠

 東峰でまず小手調べと思っていたら、これが結構なもので、やわい考えでいくと一回一回「えっ」となります。下の写真はちょっと身体が外に飛び出す感じになるところです。左下に見られる銀色のステップに助けられました。

二子山東峰一番難しいところ

 その後もしっかり体重をかけられず、フワフワした感じで「あれ、おかしいな」と思うことが多く、岩場に慣れていないことが露呈してしまいました。

二子山東峰

 眺望はとても良いです。上は東峰、下は両神山。両神山は東京へ来て最初に登った山でしたが、その時はガスっていてどんな山か全然イメージをつかめませんでした。今回見たらなんとギザギザした稜線なのでしょう。これは確かにいいな。やっと百名山であることに納得したのでした。

両神山のギザギザ

 しかし何よりも下の写真の二子山西峰です。これ、すごいですよね。どこ登るんやという感じですが、一般ルートは右の杉林の中につけられています。

二子山西峰

 ところどころに鎖場がありますが、だんだん慣れて来たのかさほど緊張することもなく頂上に立つことができました。その先の稜線がとても良さそうですが、あまり岩場に慣れていないのを言い訳にして引き返すことにしました。

二子山西峰頂上から見る稜線

 実はほぼ前後して進んでいた男性が稜線の先へ進み、バス停で15分遅れくらいで下山して来ました。行けたのかなあと思わないでもないですが、まあよしとしましょう。のんびり登山もたまにはいいもんです。
 でもクライミングもちょっとやってみたくなりました。

[新月]秩父・二子山 2023/12/9
坂本バス停(10:40/11:40)股峠(11:40/12:00)二子山東峰(12:05/13:00)二子山西峰(13:00/14:10)坂本バス停
タグ:二子山 秩父
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三陸鉄道で巡る震災遺構と浄土ヶ浜と龍泉洞 [東京での登山と日常]

 大人の休日倶楽部パスの期間がやってきました。JR東日本管内4日間で15,270円と、とてもお得に旅行することができるので気に入っています。去年は福島へ行って原発事故の影響がまだまだ続いていることを実感したり観光として中尊寺と松島を回ったりしました。今回は被災地を巡る旅の第2弾として、三陸へ行くことにしました。

釜石の街並み

 前日は新花巻で一泊して6時51分発の釜石線に乗り込みました。釜石は震災があった2011年の夏に訪れたことがありますが、駅も駅前も道路も当たり前ですがとてもきれいになっていました。イオンが街の中心地にあってキャラクター「ミッフィー」のカフェまであります。

津波浸水深

 街を歩いているとそこかしこに「東日本大震災津波の高さ」を示す表示があって、今の生活も津波を意識しながらの生活が続いているのだと再認識しました。

釜石祈りのパーク

 さて三陸リアス線に乗って次は鵜住居(うのすまい)駅へ。駅前が「うのすまい・トモス」と称する慰霊施設と震災を学ぶ施設が併設されています。よくテレビなどで「釜石の奇跡」と聞いたことがありましたが、ここのことでした。鵜住居小学校と釜石東中学校の児童生徒600人がその都度よい状況判断をして、とにかく走り続けて全員無事だったというエピソードです。日ごろの防災教育の成果が出たものです。素晴らしいです。

命を守れなかった防災センター

 一方で鵜住居の防災センターは津波の一時避難場所ではないにも関わらず「防災センター」という名前が誤解を招き、数多くの人が避難しにきて160人以上の人が亡くなったということです。津波のあと防災センターには遺体が重なるようにして見つかったとのことでした。防災センターという名称には予算獲得の手だてという側面があり、また津波の一時避難場所でないことは住民に十分周知されていなかったということです。センター跡地にはいま慰霊の施設が作られています。ちょっとした判断の違いが生死を分けてしまうのです。今回の旅で一番震災のすさまじさを感じた話でした。

ベルガーディア鯨山

 駅近くの中華屋さんで昼食をとってから次に浪板海岸駅へ。駅から山側に歩いていきますと「ベルガーディア鯨山」がありました。こちらには「風の電話」という電話ボックスがあって、被災者が震災で死別した家族への思いを伝えられるように開放されています。映画になるなどいろんなメディアを通じて存在を知っていましたが、どういう人が来るのか実態をつかみきれないような気がしていたので訪れることにしたものです。訪れたときはスイスの取材チームが撮影しているところでした。
事前に訪れる旨を電話していましたので、奥様が出迎えてくれ応対してくれました。電話ボックス内は電話線がつながっていない黒電話が一つ。訪問ノートが置かれていて来訪者が思いを書き留めていました。私自身は特定の人というよりは、いろんな人の顔を思い浮かべましたが、何か伝えたい、伝えないといけないものは思い浮かびませんでした。こういう時自分はドライなのかなあと思うことがあります。ただノートの文を読んだりしていると、向き合う時間が必要な方もいらっしゃるのだろうことは肌感覚で納得できました。本を一冊購入することにしたら、風の電話を設置した庭師の佐々木格さんのサインを書いてもらうことになり、ご本人とお話することになりました。鵜住居のことやあすは田老へ行くと話すと、田老の防潮堤について話してくれた。風の電話は世界に100個以上設置され続けているとのこと。それだけ必要とする人がいるのだろう。私もいつか必要となる時があるのだろうか。

 次の電車まで1時間近くあるので浜辺近い道路まで行ったりして時間をつぶしました。浪板海岸は以前は砂浜だったそうだが、震災後地盤沈下で浜辺は消失してしまったそうだ。駅に置かれた来訪ノートには近くの民宿が絶賛されていた。ここは日の出がきれいだろうな。

 そこから宮古までリアス線に乗って旅館にチェックインです。宮古ホテル沢田屋は1泊2食で14300円でした。ビールを飲んで夕食時は日本酒の飲み比べをして部屋に戻ってからまたチューハイと、えらく飲んでしまいました。BSで寅さん映画をやっていたので見てしまった。

 翌日は6時から風呂に入り6時半から朝食のあとチェックアウトして景勝地の浄土ヶ浜へ。朝の7時では公共交通機関はなく、およそ1時間あるいて訪れました。

浄土ヶ浜トゲトゲ

浄土ヶ浜

 目に飛び込んできた瞬間「おーっ」と声を出してしまいました。真っ白な岩がにょきにょきと突き出ています。まさに浄土のような、ともすれば地獄の剣山のような風景です。レストハウスの屋上展望台には外階段から登ることができて俯瞰の写真をとることができました。白い岩の列が並んでいて荘厳な雰囲気です。誰もいないなか興奮して写真をいっぱい撮ってしまった。

 そこから15分ほど歩き、第3駐車場発8時半のバスで宮古駅へ戻ります。多くの人が駅そばを食べていたのが印象的でした。9時23分の列車で新田老へ。田老は度重なる津波で防潮堤の拡張が進みました。海面からの高さは10メートルで、その規模の大きさから「万里の長城」と呼ばれました。

破壊された第3防潮堤

たろう観光ホテル

 しかし東日本大震災で大津波が襲い、拡張した東側と南側に延びる防潮堤が崩されました。東側は特に壊滅的となり、ホテルだけが外観をとどめたということです。上の1枚目は崩れた東側の防潮堤跡、2枚目は「たろう観光ホテル」で現在震災遺構として残されています。

あまちゃん列車

 11時発の列車で次は岩泉小本駅へ。NHK連続テレビ小説の「あまちゃん」は10周年だそうですね。ラッピング列車「三陸元気GoGo号」に乗りました。11時51分の町民バスで龍泉洞へ行きます。龍泉洞は山口の秋芳洞、高知の龍河洞と並ぶ日本三大鍾乳洞だそうです。

龍泉洞1

龍泉洞2

 中に入ってびっくりしたのが地下水の豊富さ、さらに地底湖の存在です。これにはびっくりしました。LEDでライトアップされてとても神秘的に佇んでいます。一番深いので98メートルあるそうで現在も調査が行われているそうです。

龍泉洞の地底湖

 ここのレストハウスでかつて炭鉱夫が好んで食べたというホルモン鍋を食べました(¥1,300)。観光地のおざなり食事でなく、ちゃんとおいしかったです。

ホルモン鍋

 14時37分のバスに乗ってもう一度小本へ戻り15時44分の列車で久慈を目指します。

安家川橋梁からの眺め

 橋梁上で停車したり、連続テレビ小説「あまちゃん」のロケ地となったプラットフォームで小停止したりしてくれましたが、いかんせんもう真っ暗です。宮古は本州最東端だけあって日の入りは東京より20分早い16時8分です。日が高かったら太平洋の眺めは格別でしょう。

 久慈からは八戸までJR八戸線に乗ります。これも真っ暗な中をおよそ2時間です。八戸に着いたら土産物を買おうと考えていたのですが、18時40分くらいに着いたのですがNewDaysしか開いていません。ビールとつまみを買い込み、まだ少し時間があったので駅の外のローソンで青森の日本酒「桃川」を土産として買いました。八戸からは新幹線はやぶさに乗って上野に22時前に到着しました。

20231203岩泉小本のスーパーで見た新巻鮭.jpg

 しんどかったけど、被災地についていろいろ勉強になりました。やっぱり現地を訪れるということは大事だと思います。「釜石の奇跡」などはメディアなどで繰り返し報道されていたと思いますが、訪れるまで鵜住居でのことだとは知りませんでした。
 観光地も浄土ヶ浜と龍泉洞の2つを回れて中身の濃い1泊2日となりました。大人の休日倶楽部パスは普段の山旅とは違う楽しみができて、大満足です。


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