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2023-24テレマーク初滑り [テレマークがうまくなりたい!]

20231224湯沢高原スキー場.jpg

 北陸地方は大雪の一週間でした。最初は「雪がふる〜」と喜んでいましたが、あまりの長期化に「もうそろそろやんでくれ」という気持ちに。そして日曜日は天気が回復するということで、新幹線の越後湯沢駅から歩いていける湯沢高原スキー場へ行きました。
 元々こじんまりしたゲレンデの上、まだオープンしているコースは少なかったのですが、それはそれで割り切りテレマークの練習に励みました。

 下の写真は巻機山から朝日岳への稜線です。右には谷川岳、左には八海山も見えてとても渋い山々でした。

20231224湯原高原スキー場から.jpg

 昼食をはさみ9時から13時半まで滑りっぱなしで、さすがに足がパンパンになってきましたので下山します。下山もロープウェイです。
 それから「駒子の湯」という共同温泉に行きました(¥500)。川端康成の「雪国」の舞台となったのが湯沢温泉だということで、浴場の休憩所では東映の雪国の撮影した時の様子などが飾られていました。いいお湯でした。
 越後湯沢駅は楽しいお店がたくさんあって時間つぶしに困りません。牛もつ煮が美味しかったし、日本酒をお猪口で飲み比べ(¥500)しました。いい気分です。

 テレマークは左にカーブする時のフォームの修正に励みました。緩斜面ではできるのですけどね。斜面がきつくなるとどうしても臆病になってしまいます。でもいい初滑りになりました。次は山かな。
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NHK-BS「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」で感じたこと [山の本、TVなどメディア関係]

 NHK-BS「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」を見ました。ジャルキャヒマール6473m。タイトルにもなっている野村良太さんは北海道の分水嶺を積雪期に単独縦走(サポートあり)して植村直己賞をとった人だ。今回は体調不良であまり活躍の場がなかった。
 パーティーには大学山岳部出身で奈良県川上村でガイドをしている竹中雅幸さんも参加していた。竹中さんはリーダー格の人からサミッターとして疑問を持たれる。テント内で言い合いになるところなんかは久しぶりに見るパーティー内の不穏な雰囲気だった。やっぱり混成チームだとこういうことになるんだなあ。リーダーが責任を負ってるので、弱く見える者を連れて行きたくない気持ちもよくわかる。パーティーの足を引っ張りかねないからだ。竹中さんにとってみれば、いつもと違うタイプの人たちとの登りで自分の良さや強さを発揮できず、認めてもらうには時間が短いのだと思う。短期決戦だからなあ。よく山岳部や山岳会が単独で海外遠征できたら最高だ、と言われるがそれは本当だろう。どうしても疑心暗鬼になってくるもんだ。会社も含めて組織だとそういうことってありがちだもの。
 NHKの番組ページを訪れてみるとパーティー内の不穏さを感じたディレクターが、未踏峰に登る意義についてリーダーと4時間も話し合ったと書いてありました。その4時間の議論が見たくなりました(笑)。
 山は結局登れず。野村さんは日記を書いているのがドキュメンタリーの主人公として魅力だけれど、この人の指向性はヒマラヤのピークというより水平方向のそれではないだろうか。

[新月]?NHK総合で短縮版が放送されます。
2023年の12月18日(月)22:45?23:28
再放送が2024年1月1日(月)18:05?18:48
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秩父・二子山 岩稜歩きに慣れてない… [東京での登山と日常]

 まだ登ったことのない秩父の二子山へ行きました。昔からロック・クライミングのエリアとして有名ですが、私にとってはすでにクライミングの対象でなくなっています[もうやだ~(悲しい顔)]
 西武の「秩父漫遊きっぷ」を購入して。西武秩父駅でバス2日間のり放題のクーポンを使います。2230円で池袋からの往復乗車券と西武のバスに乗れるお得なきっぷです。小鹿野役場でバスを乗り換えて終点の坂本へ。集落から見上げるとすっごい大岩壁です。

坂本から見上げると大岩壁

 二子山登山口からの道は落ち葉に覆われていることもあるが意外と分かりにくく、またザレているところもあって、本当にこのみちでいいのかなと戸惑うことも多かった。

わかりにくい道

 1時間少しで股峠に着いた。峠の手前から東峰の岩壁の基部あたりから声が聞こえていた。ロック・クライミングの人たちだろう。峠の向こう側からも人が登ってきた。向こう側には駐車場があるようで、人の往来もそっちからの方が多そうです。

股峠

 東峰でまず小手調べと思っていたら、これが結構なもので、やわい考えでいくと一回一回「えっ」となります。下の写真はちょっと身体が外に飛び出す感じになるところです。左下に見られる銀色のステップに助けられました。

二子山東峰一番難しいところ

 その後もしっかり体重をかけられず、フワフワした感じで「あれ、おかしいな」と思うことが多く、岩場に慣れていないことが露呈してしまいました。

二子山東峰

 眺望はとても良いです。上は東峰、下は両神山。両神山は東京へ来て最初に登った山でしたが、その時はガスっていてどんな山か全然イメージをつかめませんでした。今回見たらなんとギザギザした稜線なのでしょう。これは確かにいいな。やっと百名山であることに納得したのでした。

両神山のギザギザ

 しかし何よりも下の写真の二子山西峰です。これ、すごいですよね。どこ登るんやという感じですが、一般ルートは右の杉林の中につけられています。

二子山西峰

 ところどころに鎖場がありますが、だんだん慣れて来たのかさほど緊張することもなく頂上に立つことができました。その先の稜線がとても良さそうですが、あまり岩場に慣れていないのを言い訳にして引き返すことにしました。

二子山西峰頂上から見る稜線

 実はほぼ前後して進んでいた男性が稜線の先へ進み、バス停で15分遅れくらいで下山して来ました。行けたのかなあと思わないでもないですが、まあよしとしましょう。のんびり登山もたまにはいいもんです。
 でもクライミングもちょっとやってみたくなりました。

[新月]秩父・二子山 2023/12/9
坂本バス停(10:40/11:40)股峠(11:40/12:00)二子山東峰(12:05/13:00)二子山西峰(13:00/14:10)坂本バス停
タグ:二子山 秩父
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三陸鉄道で巡る震災遺構と浄土ヶ浜と龍泉洞 [東京での登山と日常]

 大人の休日倶楽部パスの期間がやってきました。JR東日本管内4日間で15,270円と、とてもお得に旅行することができるので気に入っています。去年は福島へ行って原発事故の影響がまだまだ続いていることを実感したり観光として中尊寺と松島を回ったりしました。今回は被災地を巡る旅の第2弾として、三陸へ行くことにしました。

釜石の街並み

 前日は新花巻で一泊して6時51分発の釜石線に乗り込みました。釜石は震災があった2011年の夏に訪れたことがありますが、駅も駅前も道路も当たり前ですがとてもきれいになっていました。イオンが街の中心地にあってキャラクター「ミッフィー」のカフェまであります。

津波浸水深

 街を歩いているとそこかしこに「東日本大震災津波の高さ」を示す表示があって、今の生活も津波を意識しながらの生活が続いているのだと再認識しました。

釜石祈りのパーク

 さて三陸リアス線に乗って次は鵜住居(うのすまい)駅へ。駅前が「うのすまい・トモス」と称する慰霊施設と震災を学ぶ施設が併設されています。よくテレビなどで「釜石の奇跡」と聞いたことがありましたが、ここのことでした。鵜住居小学校と釜石東中学校の児童生徒600人がその都度よい状況判断をして、とにかく走り続けて全員無事だったというエピソードです。日ごろの防災教育の成果が出たものです。素晴らしいです。

命を守れなかった防災センター

 一方で鵜住居の防災センターは津波の一時避難場所ではないにも関わらず「防災センター」という名前が誤解を招き、数多くの人が避難しにきて160人以上の人が亡くなったということです。津波のあと防災センターには遺体が重なるようにして見つかったとのことでした。防災センターという名称には予算獲得の手だてという側面があり、また津波の一時避難場所でないことは住民に十分周知されていなかったということです。センター跡地にはいま慰霊の施設が作られています。ちょっとした判断の違いが生死を分けてしまうのです。今回の旅で一番震災のすさまじさを感じた話でした。

ベルガーディア鯨山

 駅近くの中華屋さんで昼食をとってから次に浪板海岸駅へ。駅から山側に歩いていきますと「ベルガーディア鯨山」がありました。こちらには「風の電話」という電話ボックスがあって、被災者が震災で死別した家族への思いを伝えられるように開放されています。映画になるなどいろんなメディアを通じて存在を知っていましたが、どういう人が来るのか実態をつかみきれないような気がしていたので訪れることにしたものです。訪れたときはスイスの取材チームが撮影しているところでした。
事前に訪れる旨を電話していましたので、奥様が出迎えてくれ応対してくれました。電話ボックス内は電話線がつながっていない黒電話が一つ。訪問ノートが置かれていて来訪者が思いを書き留めていました。私自身は特定の人というよりは、いろんな人の顔を思い浮かべましたが、何か伝えたい、伝えないといけないものは思い浮かびませんでした。こういう時自分はドライなのかなあと思うことがあります。ただノートの文を読んだりしていると、向き合う時間が必要な方もいらっしゃるのだろうことは肌感覚で納得できました。本を一冊購入することにしたら、風の電話を設置した庭師の佐々木格さんのサインを書いてもらうことになり、ご本人とお話することになりました。鵜住居のことやあすは田老へ行くと話すと、田老の防潮堤について話してくれた。風の電話は世界に100個以上設置され続けているとのこと。それだけ必要とする人がいるのだろう。私もいつか必要となる時があるのだろうか。

 次の電車まで1時間近くあるので浜辺近い道路まで行ったりして時間をつぶしました。浪板海岸は以前は砂浜だったそうだが、震災後地盤沈下で浜辺は消失してしまったそうだ。駅に置かれた来訪ノートには近くの民宿が絶賛されていた。ここは日の出がきれいだろうな。

 そこから宮古までリアス線に乗って旅館にチェックインです。宮古ホテル沢田屋は1泊2食で14300円でした。ビールを飲んで夕食時は日本酒の飲み比べをして部屋に戻ってからまたチューハイと、えらく飲んでしまいました。BSで寅さん映画をやっていたので見てしまった。

 翌日は6時から風呂に入り6時半から朝食のあとチェックアウトして景勝地の浄土ヶ浜へ。朝の7時では公共交通機関はなく、およそ1時間あるいて訪れました。

浄土ヶ浜トゲトゲ

浄土ヶ浜

 目に飛び込んできた瞬間「おーっ」と声を出してしまいました。真っ白な岩がにょきにょきと突き出ています。まさに浄土のような、ともすれば地獄の剣山のような風景です。レストハウスの屋上展望台には外階段から登ることができて俯瞰の写真をとることができました。白い岩の列が並んでいて荘厳な雰囲気です。誰もいないなか興奮して写真をいっぱい撮ってしまった。

 そこから15分ほど歩き、第3駐車場発8時半のバスで宮古駅へ戻ります。多くの人が駅そばを食べていたのが印象的でした。9時23分の列車で新田老へ。田老は度重なる津波で防潮堤の拡張が進みました。海面からの高さは10メートルで、その規模の大きさから「万里の長城」と呼ばれました。

破壊された第3防潮堤

たろう観光ホテル

 しかし東日本大震災で大津波が襲い、拡張した東側と南側に延びる防潮堤が崩されました。東側は特に壊滅的となり、ホテルだけが外観をとどめたということです。上の1枚目は崩れた東側の防潮堤跡、2枚目は「たろう観光ホテル」で現在震災遺構として残されています。

あまちゃん列車

 11時発の列車で次は岩泉小本駅へ。NHK連続テレビ小説の「あまちゃん」は10周年だそうですね。ラッピング列車「三陸元気GoGo号」に乗りました。11時51分の町民バスで龍泉洞へ行きます。龍泉洞は山口の秋芳洞、高知の龍河洞と並ぶ日本三大鍾乳洞だそうです。

龍泉洞1

龍泉洞2

 中に入ってびっくりしたのが地下水の豊富さ、さらに地底湖の存在です。これにはびっくりしました。LEDでライトアップされてとても神秘的に佇んでいます。一番深いので98メートルあるそうで現在も調査が行われているそうです。

龍泉洞の地底湖

 ここのレストハウスでかつて炭鉱夫が好んで食べたというホルモン鍋を食べました(¥1,300)。観光地のおざなり食事でなく、ちゃんとおいしかったです。

ホルモン鍋

 14時37分のバスに乗ってもう一度小本へ戻り15時44分の列車で久慈を目指します。

安家川橋梁からの眺め

 橋梁上で停車したり、連続テレビ小説「あまちゃん」のロケ地となったプラットフォームで小停止したりしてくれましたが、いかんせんもう真っ暗です。宮古は本州最東端だけあって日の入りは東京より20分早い16時8分です。日が高かったら太平洋の眺めは格別でしょう。

 久慈からは八戸までJR八戸線に乗ります。これも真っ暗な中をおよそ2時間です。八戸に着いたら土産物を買おうと考えていたのですが、18時40分くらいに着いたのですがNewDaysしか開いていません。ビールとつまみを買い込み、まだ少し時間があったので駅の外のローソンで青森の日本酒「桃川」を土産として買いました。八戸からは新幹線はやぶさに乗って上野に22時前に到着しました。

20231203岩泉小本のスーパーで見た新巻鮭.jpg

 しんどかったけど、被災地についていろいろ勉強になりました。やっぱり現地を訪れるということは大事だと思います。「釜石の奇跡」などはメディアなどで繰り返し報道されていたと思いますが、訪れるまで鵜住居でのことだとは知りませんでした。
 観光地も浄土ヶ浜と龍泉洞の2つを回れて中身の濃い1泊2日となりました。大人の休日倶楽部パスは普段の山旅とは違う楽しみができて、大満足です。


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